【御朱印あり】不忍池辯天堂/東京都台東区

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上野公園内の不忍池にある「不忍池辯天堂(しのばずのいけべんてんどう)」は、上野公園にデートで訪れたカップルが参拝することもありますが、実はとある都市伝説がささやかれています。

芸事や商売繁盛などのご利益があり、地元の方に親しまれているだけでなく、観光名所としても名高いため参拝者が途絶えることがありません。
今回は2017年に訪れたときの様子をご紹介します。

不忍池辯天堂の基本情報

・御祭神:八臂辯才天(はっぴべんざいてん)
・御神徳:芸事に関する運気上昇・金運上昇
・住 所:東京都台東区上野公園2-1

・駐車場:なし
・最寄り駅:
JR上野駅不忍口から徒歩約7分
京成電鉄京成上野駅池之端口から徒歩約4分
銀座/日比谷線上野駅から徒歩約8分
千代田線根津駅から徒歩約12分
・開門・閉門時間:9:00~17:00
・御朱印授与時間:9:00~17:00
・御朱印のお布施:300円
・公式サイト:http://bentendo.kaneiji.jp/
・公式Facebookページ:なし
・公式ツイッター:なし

不忍池辯天堂の御由緒

不忍池辯天堂(しのばずのいけべんてんどう)は、江戸時代初期・寛永年間に、天台宗の東叡山寛永寺を開いた慈眼大師天海大僧正(天海)が建立したお堂です。

お堂を京都にある神社仏閣に「見立て」るために、不忍池を「琵琶湖」に、そして不忍池に元々あった聖天(しょうてん)様が祭られていた島を「竹生島」にみたてているんです。

さらに水谷伊勢守勝隆(みずのやいせのかみかつたか)という、常陸下館藩の二代目の当主に相談したうえで、島を大きく作ることで竹生島にある「宝厳寺(ほうごんじ)」に該当する、不忍池辯天堂が建てられたそうです。

最初は船で行き来していたのですが、参拝者が多くなるにつれ不便さもあってか江戸時代になってようやく橋がかけられ、昭和20年には第二次世界大戦の空襲により焼けてしまっているのですが、昭和33年(1958年)に復興し現在に至ります。

不忍池辯天堂の境内の様子

不忍池にはボートやスワンなんかがたくさんあって、家族連れやカップルが仲良く楽し気に乗っている風景を見ることができます。

池周辺の用水路っぽいところでは、5~6匹くらいの鯉らしい魚の姿を見ることができました。あの大きさ、一体何年くらいで成長できるのかちょっと興味があります。池の水はグリーンなので、底までみることはできませんでしたが、ヌマエビとかいそうな感じです。

境内に入るとおみくじがたくさん並んでいました。

こちらが本堂で、御朱印は本堂に入って左手に授与所があります。

本堂の右手には、その昔豊臣秀吉が大切にされていたという大黒天様をお祀りしているお堂がありましたが、こちらは辯天堂と比べると参拝者がほとんどいない状態でちょっと寂しげでした。

不忍池辯天堂の辯天さまは他と違う?

不忍池の辯天堂で祀られている辯天さまは他とはちょっと異なる姿をしています。辯天堂さまといえば、琵琶を持った女神様の姿で描かれることがほとんどですが、ここの辯天さまは、なんと腕が8本もあるんです!

8本の手それぞれに、人間の煩悩を破壊することのできる道具を示す武器を持っている「八臂辯才天(はっぴべんざいてん)」という神様なんです。

御開帳は年1回、9月の「巳成金(みなるかね)大祭」の日だけとなっています。

谷中七福神の神様のひとり

不忍池にお祀りされている辯天さまは、江戸時代に盛んに信仰されていた「谷中七福神」のひとりです。この七福神は江戸時代最古の七福神ともいわれていて、天海大僧正が広めるために尽力したそうですよ。

現代でも谷中七福神めぐりは行われていますが、毎年元旦~1月10日までと短期間で行われています。

不忍池辯天堂にまつわる都市伝説

不忍池辯天堂にまつわる都市伝説があるのを知っていますか?

実は不忍池辯天堂にカップルで訪れると、辯天様餓嫉妬してしまい別れさせられるという都市伝説があるんです。

しかし独身者には、美しさや良縁をもたらしてくれるという噂もあります。

不忍池辯天堂の御朱印・御朱印帳

お寺の御朱印帳を持っていなかったので、不忍池辯天堂オリジナルの御朱印帳と御朱印をお願いしました。シンプルで可愛らしい御朱印帳です。

御朱印はこちら。書き手によって御朱印の書体が変わります。ネットなどで見た御朱印と同じ書き手が当たるかどうかは運次第ですね。

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